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    <title>いんぷれっしょん</title>
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    <description>Oz's Leaves管理人の雑感所感</description>
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    <title>日常の疑問を経済学で考える</title>
    <description>中学高校で学んだ数式が、本当は何を意味していたのか、ということを、ずいぶんと大人になってから突如理解して感動することが時々ある。それはなかなかわくわくする瞬間だが、それが授業の中で少しでも伝えられたら「数学嫌い」はもう少しなくなるのではないかと思ったり...</description>
<content:encoded><![CDATA[
中学高校で学んだ数式が、本当は何を意味していたのか、ということを、ずいぶんと大人になってから突如理解して感動することが時々ある。それはなかなかわくわくする瞬間だが、それが授業の中で少しでも伝えられたら「数学嫌い」はもう少しなくなるのではないかと思ったりもする。とはいえ「理解」というのはなかなか奥深いものだから、20代の先生と10歳やそこらの子どもという組み合わせでは、そうそううまくいかなくても当たり前かもしれない。<br />
<br />
この本は、著者である経済学教授が自分の生徒に課したレポートをまとめたものである。課題は「自分が観察した出来事の中で疑問を見つけ、それに経済学の原則を使って回答しなさい。ただし経済学を全く知らない人に話してもわかるように平易な言葉で説明すること」<br />
身近な問題を説明することで、理論やら式やらの言わんとする本当の意味を学生に理解させようとする試みだ。そしてそれをレポートで終わらせず、出版してしまうあたりも流石だ(笑)<br />
<br />
経済学で最も重要な概念である「費用便益の原則」（ある行動によって生じる便益が費用を上回る場合にのみその行動をすべきである）によって、さまざまな事が説明されていく。バーでピーナッツが無料なのに水が優良な理由やら、ウェディングドレスを購入する女性は多いのに、何度も使えそうなタキシードはレンタルされることが多いのはなぜか。パートナーが居る人ほどモテるのはなぜか……。<br />
言われると至極当然に思えるが、それは着眼点が良いからであって、白紙から自分で説明しようとしたらなかなか大変だ。問題はアメリカ社会の中の極めて身近なことなので気楽に読めるし、ところどころでは日本とアメリカの差異のようなものも感じられて面白い。<br />
<br />
私的に最も面白く感じたのは、経済学と、進化論を中心とする生物学がこんなにも似ているという事実だ。ダーウィンが経済学に影響を受けて進化論を思いついたなんて知りもしなかったが、言われてみれば確かにと頷ける。著者は日常の問題を経済学的に考える人を「エコノミック・ナチュラリスト」と名付けたが、これは生物学にヒントを得てこの課題を思いついたからなのだそうだ。<br />
<br />
雌を争奪する争いで他の雄より優位に立とうとして、角がどんどん大きくなってしまったヘラジカの群れは、森の中で天敵から逃げにくくなる。個体が他の個体より優位に立とうとして繰り広げる競争が、種全体の地位を、種間の競争では劣位に落としてしまうことを「コモンズの悲劇」というそうだが、これは「値下げ競争」によって疲弊していく小売業界の実情とよく合致している.<br />
<br />
暇つぶしに読むにはなかなか面白い本だった。とはいえ今日問題になっている経済的な格差もまた、水が低いところに集まりエントロピーは増大するのと同様に、理屈にそった自然な現象なのだと思い知らされる面もあり、ちょっと暗い気分にもなったりした。<br />
<br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html%3FASIN=4532352983%26tag=jugem-22%26lcode=xm2%26cID=2025%26ccmID=165953%26location=/o/ASIN/4532352983%253FSubscriptionId=0SQQ58C8ZJED59QF1HG2" target="_blank"><img border="0" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51ONpeZY54L._SL160_.jpg" alt="日常の疑問を経済学で考える" /></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html%3FASIN=4532352983%26tag=jugem-22%26lcode=xm2%26cID=2025%26ccmID=165953%26location=/o/ASIN/4532352983%253FSubscriptionId=0SQQ58C8ZJED59QF1HG2" target="_blank"><strong>日常の疑問を経済学で考える</strong></a><br />
ロバート H.フランク,月沢 李歌子<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>読書等</dc:subject>
    <dc:date>2008-04-27T16:03:06+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
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    <link>http://ozblog.sazanpeach.com/?eid=658763</link>
    <title>ゆれる</title>
    <description>ゆれる 公式サイト
ずいぶん前から気になっていた映画をやっと見た。驚嘆すべき映画だった。

「事実はただ一つ。だが真実は複数ある」
この難しい言葉をここまで鮮やかに描き切ることができるとは。

稔が智恵子に抱いた憎しみも、智恵子を助けたいと思った気持ち...</description>
<content:encoded><![CDATA[
<a href="http://www.yureru.com/splash.html" target="_blank">ゆれる 公式サイト</a><br />
ずいぶん前から気になっていた映画をやっと見た。驚嘆すべき映画だった。<br />
<br />
「事実はただ一つ。だが真実は複数ある」<br />
この難しい言葉をここまで鮮やかに描き切ることができるとは。<br />
<br />
稔が智恵子に抱いた憎しみも、智恵子を助けたいと思った気持ちも両方とも真実。猛が稔を心底助けたいと思った気持ちも、殺人犯の弟になったらやっかいだという気持ちも、両方とも真実。<br />
こういった相反する真実に人はいつも挟まれている。恋人や子どもや親を愛しているけど、面倒だったり憎かったりもする。プラスとマイナスが決して相殺されることなく存在し続けている。<br />
瞬間瞬間の真実に基づいて、恣意を持つ間もなく振り回されて、人は生きていき、他人はそこにまた様々なものを見る。誤解は実は一つの正解かもしれず、必死で正しい道を歩んだつもりが、己の目の曇りに気づかされる。<br />
<br />
でもこういったアンビバレンツな感情は、前面に持って来ると何かと据わりが悪い。だから多くの場合フィクションでは一つの真実のみにフィーチャーし、それ以外は主役の"真実"を効果的に演出するための味付けに格下げされることが多い。<br />
だがこの「ゆれる」はこの難題に正面から取り組んだように思える。複数の真実をリアルなままに描いてなお、観客のなかに「ずしん」とした何かを残しているのが凄い。じつは見ながら黒沢の羅生門を思い出していたのだが、あの映画ではまだばらばらのままだった「複数の真実」が、この「ゆれる」では最後に見事な結論に昇華している気がして、驚かされた。<br />
<br />
巷でよく言われる脚本の素晴らしさは言わずもがな。奇をてらうことのないしっかりとした演出がまた心地よい。冗長な部分が少しもなく、それでいて不足な部分も無い。吟味され尽くした脚本や演出が本当に小気味よく感じられる。<br />
<br />
そして何より主役の二人の表情が実に良い。稔のどこか貼り付いたような愛想の良さ。抑圧された自我が爆発した歪んだ笑顔。社会的に成功はしていても、心の中に引け目と逃避を抱えた猛の表情。<br />
<br />
「奪い続けたのは僕で、奪われ続けたのは兄だった」と猛は独白するが、稔の中の殺意も嫉妬も自暴自棄もまた真実だったわけで、稔が猛を挑発したのは必死の自己表現でもあり、同時に罰されることが彼には必要だったとも思えるのだ。<br />
<br />
真実は一つと思うが故に、複数の真実に揺れ続けた兄弟の表情が、最後の最後でなんのひっかかりも無いむき出しの泣き顔と微笑みに辿り着く。このラストシーンは、人がさまざまな真実を抱えて、なお存在していくことへの悟りにも似て見えた。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>映画等</dc:subject>
    <dc:date>2008-03-01T22:01:42+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
  </item>

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    <link>http://ozblog.sazanpeach.com/?eid=529228</link>
    <title>奇想遺産</title>
    <description>
奇想遺産―世界のふしぎ建築物語
鈴木 博之/藤森 照信/隈 研吾/松葉 一清/山盛 英司

見開き２ページで７７個の不思議な形の建築物を集めた本。それぞれ建築には一家言ある人たちがある時は写真家となり、あるときはエッセイストとなって、それらについて語る。２０世...</description>
<content:encoded><![CDATA[
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4103055316%3ftag=jugem-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=DVZ02IW2V71DT" target="_blank"><img border="0" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/21Tgc3eVsIL.jpg" alt="奇想遺産―世界のふしぎ建築物語" /></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4103055316%3ftag=jugem-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=DVZ02IW2V71DT" target="_blank"><strong>奇想遺産―世界のふしぎ建築物語</strong></a><br />
鈴木 博之/藤森 照信/隈 研吾/松葉 一清/山盛 英司<br />
<br />
見開き２ページで７７個の不思議な形の建築物を集めた本。それぞれ建築には一家言ある人たちがある時は写真家となり、あるときはエッセイストとなって、それらについて語る。２０世紀の建築物が多いが、もちろん古いものやいつできたのか判らないものもある。<br />
<br />
写真集ではないので、ひとつひとつの建物については2,3枚の写真しかなく、もっと見たいー！という気にさせられる。きっと沢山写真撮ってるんでしょうに(笑)。でも添えてある文章が興味をそそっているのも確かだし、見開きでひとつ、というパターン化されたコンパクトさがこの見やすさと買いやすい価格の安さを生んでいるのも事実なんだろう。<br />
参考文献や関連ウェブサイトもきめ細かく載っている。素人に建築物の魅力を伝える入門インデックス本という位置づけとして実にお見事な本だと思う。<br />
まあ著者達の気持ちとしては現場に行ってとにかく実物を見て！ってことになるのだろうが、そんな世界各国あちこちに行けません(苦笑)<br />
<br />
定番の寺院や城以外にも<br />
<br />
フランク･ロイド･ライトのジョンソンワックス本社ビル<br />
<a href="http://www.yodoko.co.jp/geihinkan/himitu/tanbouki03/index.html" target="_blank">ヨドコウ迎賓館</a><br />
<a href="http://www5.ocn.ne.jp/~space/JonsonOfficeandLaboratory.html" target="_blank">横沢設計室の紀行コーナー</a><br />
<br />
ウィーン郵便貯金局<br />
<a href="http://www.ottowagner.com/ow-werk/en-biografie.html" target="_blank">郵便局の博物館サイト（BANKING HALL 360°PANORAMAから）</a><br />
<br />
公営集合住宅であるアブラクサス<br />
<a href="http://www.bofill.com/change/bases_datos/proyecto_i.asp?numero=235 " target="_blank">(建築家ボフィルのサイトから）</a><br />
<br />
など、実に印象的だった。<br />
<br />
あとは<a href="http://www.sazaedo.com" target="_blank">さざえ堂</a>に行ってみたいなー！
]]></content:encoded>
    <dc:subject>読書等</dc:subject>
    <dc:date>2007-11-25T07:49:24+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
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    <link>http://ozblog.sazanpeach.com/?eid=456368</link>
    <title>99.9%は仮説</title>
    <description>理科系人間にとっては、この本のメインテーマである「殆ど全ては仮説」というのは、特に目新しい物では無いだろう。とはいえ、そこは流石の竹内薫氏。読後感は面白かったに尽きる。
まず書きクチに驚いた。ところどころ文字がボールドになっているし、文末に「(笑)」が入...</description>
<content:encoded><![CDATA[
理科系人間にとっては、この本のメインテーマである「殆ど全ては仮説」というのは、特に目新しい物では無いだろう。とはいえ、そこは流石の竹内薫氏。読後感は面白かったに尽きる。<br />
まず書きクチに驚いた。ところどころ文字がボールドになっているし、文末に「(笑)」が入っていたり。そこらのブログを読むような気安さなのだ。だがどの文にも一切の無断が無い。この人の「判り易さ」は本当に痛快だ。<br />
様々な例もインパクトは十分。例えば初っ端の「飛行機の飛ぶ原理は判っていない」本当ですかっ！？ と言いたくなるが、どう見ても本当そうだ(笑)。最近の日本人の過激なまでの安全指向がアホらしく思えて来る。<br />
<br />
科学哲学という学問の存在については意識した事がなかったので大きな収穫だった。カール・ポパーの「科学は常に反証出来るものである」という定義と、それを説明するくだりはなるほどと膝を打つ。私は一応工学部の出身だが、このポパーの反証可能性について学校で教えてもらった記憶が無い。「科学はその歴史的、文化的背景と共に学ぶべき物なのに、日本はそれが極端に不足している」という竹内氏のコメントは身をもって感じ入ってしまった。<br />
<br />
ということで理科系の大学生の方と、バラエティ番組や雑誌の健康記事についつい振り回されてしまう方にはぜひご一読をオススメしたい。<br />
<br />
とはいえ。<br />
あちこちの目線や尺度で相対的にモノを見るクセが付きすぎても困るかな……というのが個人的な実感。たとえば複数の立場が両方「判って」しまった時、どうすればいいのか決められない、といった感じ。つまりは相対的にモノを見過ぎて「自分の尺度」を失ってたり、選択の勇気が出なかったりってことが、自分の場合よくある。<br />
科学や理論は人の選択や決断の補助にしか過ぎないワケで。当たり前なんだが改めて自分に言い聞かせてしまった。まあ自分の存在と人生すら仮説と悟りきって生きることができれば、それもまた一つの在り方かもしれないが。<br />
<br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4334033415%3ftag=jugem-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=DVZ02IW2V71DT" target="_blank"><img border="0" src="http://g-ec2.images-amazon.com/images/I/1153DDKRKGL.jpg" alt="99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方" /></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4334033415%3ftag=jugem-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=DVZ02IW2V71DT" target="_blank"><strong>99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方</strong></a><br />
竹内 薫<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>読書等</dc:subject>
    <dc:date>2007-10-11T21:59:10+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
  </item>

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    <link>http://ozblog.sazanpeach.com/?eid=436550</link>
    <title>ストリングラフィ</title>
    <description>Stringraphy――ストリングラフィ。

この不思議な楽器の事を知ったのは日経新聞に時々入ってくる「THE NIKKEI MAGAZINE」の特集記事でだった。たぶん１年ぐらい前のことだったと思う。ずっと演奏会に行きたいと思っていたが、本日高輪区民ホールで行われたストリングラフ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
Stringraphy――ストリングラフィ。<br />
<br />
この不思議な楽器の事を知ったのは日経新聞に時々入ってくる「THE NIKKEI MAGAZINE」の特集記事でだった。たぶん１年ぐらい前のことだったと思う。ずっと演奏会に行きたいと思っていたが、本日高輪区民ホールで行われた<a href="http://www.kissport.or.jp/osusume/syousai_070930b.html" target="_blank">ストリングラフィ・アンサンブル・コンサート</a>でようやく念願が叶った。<br />
<br />
ストリングラフィの詳しいことは<a href="http://www.stringraphy.com/" target="_blank">Studio EVE</a>のホームページをぜひご覧下さい。そうメジャーな存在ではないので、こちらのサイトから演奏会のスケジュールなどを把握するのが一番早いと思う。<br />
<br />
ストリングラフィは日本人の作曲家である水嶋一江さんが生み出した楽器である。楽器といっても持ち運べるようなものではない。その都度会場に大量の絹糸を張り、それを擦ったりはじいたりして演奏する。音階は糸の長さによって決まる。ユニークなのはそれぞれの絹の両端に紙コップが付いていること。つまりステージに大量の糸電話が張られている図を想像して下さればＯＫ。紙コップはスピーカーの役割をしている。<br />
<br />
紙コップの底同士を糸で繋いだ糸電話。紙コップの開口部に棒を渡し、その棒から左右の柱までを糸で繋いで、糸電話をピンと張っている。糸電話部分の糸には松ヤニが塗ってあり擦ると良い音がでる。紙コップの両側の糸では音は出ない……と説明されていたが、その部分も色々な効果音のために使っていたようだ。<br />
<br />
最初の演目はビバルディの春だったのだが、この瞬間の驚きを言い表すのはちょっと難しい。ステージのスピーカーから、別録音の音を流しているのじゃないかと本気で思った。そのくらい音が多様なのだ。主旋律を奏でるバイオリン様の音はなるほどと思うワケだが、それ以外に小鳥のさえずりや木琴のような音も飛び出す。ステージにはソプラノ、アルト、ベースの３つのセットが張られて、それを３人で演奏しているのだが、それが信じられないほど複雑な音の重なりが感じられる。<br />
<br />
「大きな古時計」や「赤とんぼ」などは風の音や虫の声、挙げ句の果てには古い扉がぎーっと閉まるような音まであって、まさに音楽と自然を一体化させている感じだった。弾かれた弦は信じられないほど小気味の良い音が出る。まるでキツツキが木を叩く音のようだ。それをパーカッションの様に使ったり、木琴のようにメロディを演奏したりする。<br />
曲目のバリエーションも広く、クラシックや童謡だけでなく、高橋幸宏(ＹＭＯ)のライディーンやら佐渡おけさまで。そのどれもが感嘆してしまう仕上がりだ。<br />
<br />
曲によっては５人で演奏するのだが、人数が多くなればなるほど音の複雑さは増していき、見応えと聴き応えが出てくる。ストリングラフィは奏者たちの身体の動きも魅力の一つ。５人の女性が張り巡らした糸を操っていくのだが。白い手袋をはめた手や腕の動きが美しく、生成の服をまとった５人はまさに音楽の精霊のよう。演劇やダンスのプロデュースをしていた方がスタッフに入っているそうで、糸をすっと撫でていく動き一つもきれいに見えるように研究されているようだった。<br />
<br />
特にほぼ最後の演目であるストリングラフィのために作曲されたオリジナル組曲「晩秋」は本当に素晴らしかった。ストリングラフィという楽器の魅力を引き出すための曲なので、ありとあらゆる音のバリエーションが組み込まれ、見た目そのものも実に美しい。<br />
<br />
今回の弦は100本強だったそうだが、大きな会場の場合は800本もの弦を張ることもあるそうだ。ストリングラフィはまさに「一期一会」の芸術であり、パフォーマンスなのだろう。大変素晴らしい経験だった。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>イベント等</dc:subject>
    <dc:date>2007-09-30T22:19:29+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
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    <title>生物と無生物のあいだ</title>
    <description>今話題になっている本だがまさに読む価値がある一冊だった。
ずっと昔読んだアシモフの科学エッセイの中で、生物の定義を試みていた一編があった。「生物とは局所的にエントロピーを減少させるものである」　まあなんとうまいことを言うんだろうと感心しきりだった。この...</description>
<content:encoded><![CDATA[
今話題になっている本だがまさに読む価値がある一冊だった。<br />
ずっと昔読んだアシモフの科学エッセイの中で、生物の定義を試みていた一編があった。「生物とは局所的にエントロピーを減少させるものである」　まあなんとうまいことを言うんだろうと感心しきりだった。この本を読んでこの言葉は実はシュレディンガーの示唆だったことを知ったのだが、このエッセイや複雑系を読んだ時の感動が、この「生物と無生物のあいだ」によって昇華された気がする。<br />
<br />
簡単に言えば分子生物学者である作者が「生命とは何か」を定義しようとしたものだ。ＤＮＡ全盛の昨今では「生命とは自己複製するもの」というのが定説になっているが、今目の前にある生体を説明するのにはいまいちピンとこない。ウイルスやＤＮＡの発見の歴史を辿りつつ、作者が注目したのがルドルフ・シェーンハイマーの研究成果だった。<br />
シェーンハイマーは食物として摂取した物質が生体内でどうふるまって排出されていくのかを研究した。同位体（重水素や重窒素）を使ってマーキングした食物をマウスに食べさせてトレースした結果、タンパク質も脂肪も驚くべきスピードで置き換わっていくことを定量的に測定する。エネルギーとして変わらず備蓄されていると思われていた体脂肪や一生の間分裂も増殖もしない脳細胞も、分子レベルでは破壊と構築を繰り返している。<br />
<br />
つまり生体とは絶え間ない流れの中の淀みなのだ。「エントロピー増大に抗う唯一の方法は…(中略)…仕組み自体を流れの中に置くことなのである」　こうして作者は「生命とは動的平衡(dynamic equilibrium)にある流れである」という結論に達する。<br />
それぞれの細胞や分子が新陳代謝していく際にはＤＮＡ複製と同様に相補性が活躍する。ジグソーパズルの足りないコマの形が周囲のピースによって形作られるように、周囲によって欠損部分が埋められるとういわけだ。<br />
<br />
そしてもう一つ。生命の重要なファクターとして著者は時間を挙げる。受精卵の遺伝子の一部を破壊して生命に必要不可欠な物質を欠損させた場合でも、生命は細胞分裂の過程で欠損を補完するルートやパーツを作り上げてしまう。ただし人為的に作った一見正しいが不完全な部品を埋め込むと、それは致命的な欠陥となり、できあがった秩序は崩壊の一途を辿る。<br />
生命は時間軸に添って流れる決して後戻りできない唯一一回性の変化プロセスによって構築されている。これが構築されてから一部の部品を除去したり交換できる機械との違いである。<br />
<br />
と、こう書いてくるとがちがちの学術書のように思えるが、全くそんなことが無いのがこの本の凄いところだ。作者のリアルな研究生活も語られるし、時にはニューヨークの風景がきわめて叙情的に描写される。これはれっきとした「科学よみもの」なのである（誰が付けたのか、帯の「科学ミステリー」ってのは少々陳腐で残念だ。科学読み物としては一般的な構成だと思うので）<br />
正直言うと個人的にはそういった部分が少々邪魔に感じられたりもした。学術部分が実にエキサイティングなので「そんなこといいから本筋をもっと！」という気になってしまうからだ。とはいえ蒸留酒は水割りの方が飲みやすくて美味しい事もあるわけで、専門的な内容をを門外漢にわかりやすく語り、一挙に読んでしまうような作品に仕上げるのは、確かに素晴らしい文才と言える。<br />
<br />
ＤＮＡ発見の栄華を欲しいままにした二人の科学者が、若くして逝った女性科学者の研究成果を無断で利用していたらしい事や、もっと評価されるべき地道な努力を続けた科学者の存在など、読んでいて心が痛くなる場面もあるが、ベストセラーの中で話題として取り上げられれば多少は溜飲が下がるというものだ。<br />
<br />
とはいえ、では「なぜ」今私のいる空間に動的平衡が生じて私という淀みを形作っているのか。その点については言及がない。やはり「粒子はそもそも秩序立つように振る舞う」という複雑系的な発想を採用されるのだろうか。それとも別の何かなのか。この著者がどう考えているのかには興味深いところだ。<br />
そして最後にこの本の最大の魅力について。<br />
それは全編を通じて「生命」への作者の畏敬の念が感じられる事だ。「生命とは動的平衡である」なんて科学的で味も素っ気もない定義を語っているにも関わらず、読み終わるととても優しい気持ちになれるのは、命への畏敬と愛情があるからだと思う。<br />
<br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061498916%3ftag=jugem-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=DVZ02IW2V71DT" target="_blank"><img border="0" src="http://g-ec2.images-amazon.com/images/I/21o1GLzwW3L.jpg" alt="生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)" /></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061498916%3ftag=jugem-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=DVZ02IW2V71DT" target="_blank"><strong>生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)</strong></a><br />
福岡 伸一<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>読書等</dc:subject>
    <dc:date>2007-09-19T22:40:54+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
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    <title>ツレがうつになりまして。</title>
    <description>最近自分の周囲で、うつ病の人が頓に目に付く。軽い状態であまりスケジュールのきつくない仕事でリハビリしている人もいれば、休職してしまった人もいる。「いじめ」や「ニート」と同じで、「うつ病」という言葉がポピュラーになったが故に患者が増えてしまった事もあると...</description>
<content:encoded><![CDATA[
最近自分の周囲で、うつ病の人が頓に目に付く。軽い状態であまりスケジュールのきつくない仕事でリハビリしている人もいれば、休職してしまった人もいる。「いじめ」や「ニート」と同じで、「うつ病」という言葉がポピュラーになったが故に患者が増えてしまった事もあると思うが、本人も周りも本当に大変だ。<br />
<br />
うつ病については山のように本が出ている。幸い私は本気でうつ病のことを勉強しなければならない状態ではないので、気楽に読めそうなこの漫画を手にとった。もちろん途中のコラムその他から時々リアルな重さがにじみ出してくるわけだが、それでも総じて気楽に読める。<br />
<br />
内容は夫がうつになってから回復し始めるまでのエッセイマンガ。一番印象に残るのは、うつになった夫を支え切った妻の愛情とおおらかさだし、それに対して夫が深く感謝している様子が伝わってきて、読後は幸せな気持ちになる。<br />
<br />
うつ病はセロトニンの現象で起こるとか、卵白や大豆製品にはセロトニンの原料になるトリプトファンが含まれているとか、多少の知識も書いてある。セロトニンを合成するには日の光を見ることが重要だそうで、曇りや雨、また日が短くなる冬は症状が悪化するのだそうだ。<br />
<br />
とはいえ心身症の症状で最近まで投薬を続けていた知人は、ぱらりとめくっただけですぐに本を閉じてしまった。「その時の感覚が蘇ってきて具合が悪くなりそうだからダメ」ということだった。うつ病の薬なんぞ飲んだことがない私でさえ、ストレス満杯の不安定な時期の記憶が想起されてしまったりしたので、回復期にある方は読まない方がいいかもしれない。自分はまだうつ病じゃないけど、もしかしていつかなるかも……という「ちょっと不安」な程度の頃に一読しておき、「うつ」は怖くないんだと思えれば、それが一番いいかもしれない。<br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4344011430%3ftag=jugem-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=DVZ02IW2V71DT" target="_blank"><img border="0" src="http://g-ec2.images-amazon.com/images/I/315XCZZ4JFL.jpg" alt="ツレがうつになりまして。" /></a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4344011430%3ftag=jugem-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=DVZ02IW2V71DT" target="_blank"><strong>ツレがうつになりまして。</strong></a><br />
細川 貂々<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>読書等</dc:subject>
    <dc:date>2007-09-02T17:30:32+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://ozblog.sazanpeach.com/?eid=66705">
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    <title>小池頌子展</title>
    <description>群青の彼方から　小池頌子展

日経の紹介記事で読んでがぜん行きたくなった。どうしてもと思った理由は２つ。記事に載っていた貝の形をした陶器に心を惹かれた事。そしてもう一つは紹介記事の１フレーズに違和感を覚えたからだった。
「小池の作品を通して貝殻というもの...</description>
<content:encoded><![CDATA[
<a href="http://www.musee-tomo.or.jp/" target="_blank">群青の彼方から　小池頌子展</a><br />
<br />
日経の紹介記事で読んでがぜん行きたくなった。どうしてもと思った理由は２つ。記事に載っていた貝の形をした陶器に心を惹かれた事。そしてもう一つは紹介記事の１フレーズに違和感を覚えたからだった。<br />
「小池の作品を通して貝殻というものの形の美や神秘、言い換えれば自然の造形の玄妙を知る。アコヤガイやサザエを漫然と見ていても、そこに美を看取することはできない。芸術というフィルターを通して、貝の美しさが現前したのである」(2007/06/27, 日本経済新聞朝刊)<br />
本当にそうなのか？　そんなはずはない。少なくとも私は貝殻を見たら美しいと思うのだから。<br />
<br />
会場である<a href="http://www.musee-tomo.or.jp/" target="_blank">菊池寛実記念 智美術館</a>は、陶器の収集家である菊池智のコレクションのために作られたものだそうで、こじんまりとしているが、いかにも個人の趣味で作られた感じの贅沢な美術館だ。受付を通りぬけ、<a href="http://www.musee-tomo.or.jp/about.html" target="_blank">トレードマークの螺旋階段</a>を降りた地下が展示室。薄暗い地階に降りて行く時点で既に水の底に潜っていくような不思議な感覚を覚えていた。<br />
小部屋に分かれた展示室の壁は暗い色合いで仕上げられ、照明も落としてある。その中に貝の形をした白い陶器が浮かび上がると本当に海の底にいるようだ。細いスポットライトの中にマリンスノーすら見える気がした。<br />
<br />
どの陶器も、そのもの自身がその形を選んだのだと言わんばかりの自由さと自然さがある。作家の恣意によってそうなったのではなく、土と火が、その形を、その色合いを、その輝きを望んだかのようなのだ。白いテーブル型の陶器に青い釉薬を流した「水の形」という作品も、白いテーブルを置いておいたら自然に水がたまったと言わんばかり。「白の形」という花をモチーフにした作品群は、陶器と磁器を組み合わせたもので、それこそ「作った」ものなのだが、それすらも、花が散って杯の中にはまりこんだようだ。<br />
<br />
特に代表作になる「貝のうつわ」「貝のふたもの」群はその勢いが顕著だ。仏像を彫る名人が、自分は木の中に埋まっている仏像を「掘り出しているだけだ」という言い方をするが、まさにそんな感じがした。作品名が「○○の形」といった妙にシンプルなのがわかる気がした。何かテーマがあってそれを表現しているのではなく、心のうちにあるものを現実の世界に具現化させようとする。純粋にそれだけだから余計な言葉が不要なのではないか。<br />
<br />
では、作家の心のうちにあるもの、とは何か。それは自然の造形への感動と賛歌に他ならない、と感じた。作家が水たまりや貝や花を見て感じた感動をそのまま形にしようとしている。観客である私は、作品を見ることで、自分がそれらを見た時の感動を想起したり再現している。<br />
<br />
別に芸術のフィルターなんぞなくても、貝も花も水も十分に美しい。ただ「人」というフィルターを通すことで、わかりやすくなったり、見落としていたものに気づくことがあるのは確かだ。その意味でこれらの作品群は写真やボタニカルアートに近いものがある気がする。<br />
恣意を持たない素直な感動と感覚。それが「器」という形で表現されているのが実に魅力的であった。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>イベント等</dc:subject>
    <dc:date>2007-08-11T18:24:09+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://ozblog.sazanpeach.com/?eid=66704">
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    <title>アンリ・カルティエ=ブレッソン展</title>
    <description>東京国立近代美術館　アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌

ただ有名な写真家として名前を聞いたことがある程度だったが、ポスターになっていた「サン＝ラザール駅」に惹かれ、土曜日に仕事で東京に出たついでに入ってみた。

作品を見るうちに妙な感覚に囚われ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
<a href="http://www.momat.go.jp/Honkan/Henri_Cartier-Bresson/index.html" target="_blank">東京国立近代美術館　アンリ・カルティエ=ブレッソン 知られざる全貌</a><br />
<br />
ただ有名な写真家として名前を聞いたことがある程度だったが、ポスターになっていた「サン＝ラザール駅」に惹かれ、土曜日に仕事で東京に出たついでに入ってみた。<br />
<br />
作品を見るうちに妙な感覚に囚われ始めた。あまりにも写真が見事であるがゆえに、このためだけに作った「画」であるかのような錯覚を覚えてしまうのだ。もちろん絶対に「作った」はずはない。日常の中から切り取った瞬間であるのは自明だ。それなのに切り取られた１枚１枚が前後の脈絡を排して完全にそれだけで一人歩きしてしまう、それだけの完成度がある。<br />
<br />
その写真の被写体達は、自分の人生から切り取られ、この白黒の写真の中に永遠に生き続ける。剥製やミイラを見た時と似た畏怖と冒涜感の入り交じったざわつきにまで襲われてしまった。風景写真にはそういう感覚は持たないのは人が死ぬ存在だからか。だがこの写真家は無名の市井の人々を撮影することが好きだったようで、そういう写真が圧倒的に多い。<br />
<br />
なぜその瞬間にカメラを構えて居られたのだろう。まるで網膜に映った映像を巻き戻してからプリントしたみたいだ。完璧な構図、完璧な露出とシャッタースピード。あの時代のカメラで。<br />
「デッサンと写真は似ている」と言うこの人の言葉は、たぶん常人の理解の範疇を越えている気がする。普通の人間なら、「あ！」と思った瞬間には既に記憶と化している映像を、しっかりフィルムに取り込んでしまえるのだから。<br />
何に対して「あ！」と感じるか、というセンスが卓越しているのはもちろんなのだが、感性の鋭い人は意外と多いと思うから、むしろそれを捉える技術に感嘆したと言っておきたい。<br />
<br />
もう一つ興味深かったのが写真家の恣意がストイックなまでに除去されていることだ。写真の説明も年と場所ぐらい。説明もタイトルも無い。「綺麗だ」から風景を撮るとか、「可愛い」から子供を撮るとか、そういう感覚とは異なる。報道写真のあり方はこういうものかもしれないが、彼が対象とするものは別に事件ではない。<br />
目と脳に構図センサーがついていて、ぴっと反応した瞬間にファインダーを覗きシャッターを切っている感じだ。感情にジャマされないからこそシャッターチャンスを逃さないのかとまで思えてしまう。<br />
<br />
写真は実在した事象をありのままに伝えている。作品としての見事さに加えて歴史の証拠として高い価値を持っている。そして見る者それぞれは、その写真で跳ね返ってくる自分の感情を観ることになる。マルティプルアウトの名作でもある。<br />
<br />
<br />
会場で、1994年にサラ・ムーンという人が撮ったカルティエ=ブレッソンのインタビュー映画「疑問符」を上映していた。カルティエ=ブレッソンは写真の解説はおろか自分の写真を公開することも嫌ったらしいので、非常に貴重な映像だ。もちろん一度見たきりなので、以下、語りの部分はうろ覚えになってしまうが……。<br />
<br />
まず「写真に惹かれた事は一度も無い。惹かれたのはルポルタージュだ」と語っていたのが非常に印象深かった。写真を見て受けた印象と実に合っていると思った。<br />
<br />
「シャッターを切る瞬間はオルガスムスに似ている。成功するときも失敗する時もある」<br />
「映画監督には向いていないと言われた。想像力が無いんだ」<br />
「写真は一瞬で決まる時間との戦いだ」<br />
言われてみれば、人々が織りなすフォルムも、風が砂や水に描く紋と似たものなのかもしれない。そう考えると彼の写真に一層興味がわく（私にとって）。ポートレートを取るのは苦手と言いつつ、群衆や無名の人々を撮影し続けたのは、撮影対象の「人格」は彼にとってはジャマだったのかもしれない。<br />
<br />
「面白いのは質問だけ。答なんかつまらん」<br />
「矛盾があってもかまわん。人生は矛盾だらけだ」<br />
「量子数学をやってみたい。結論なんか出したく無い」<br />
このあたりはもう本当に面白い。写真集で「典型的な」という言葉を嫌って「それらの」と書き換えたというエピソードもある。私自身はついつい「何かに帰結できないか」「この人はどういう人間か」と考えてしまうタイプだが(今もそれをやってるわけだが)、在るものはそのままありのまま、事例は事例のままで集約し結論を探すことは意味がない、というのがこの写真家のスタンスだったのだろう。<br />
<br />
それも大切なことであるのは想像できる。もう少し年を経たら瞬間の積み重ねをそのままに生きられる時が来るだろうと思っている。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>イベント等</dc:subject>
    <dc:date>2007-07-14T22:04:24+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
  </item>

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    <title>新江ノ島水族館</title>
    <description>江ノ島水族館が新しくなって結構評判が高いと聞いて行ってみました。本当に良かったです。相当に落ち込んでた所を創設者の息子さんの奥さんだったか、とにかくずっと主婦だった方が館長さんになって全て建て直したと、ミニコミ誌で読んだことがあります。

私的には最初の...</description>
<content:encoded><![CDATA[
江ノ島水族館が新しくなって結構評判が高いと聞いて行ってみました。本当に良かったです。相当に落ち込んでた所を創設者の息子さんの奥さんだったか、とにかくずっと主婦だった方が館長さんになって全て建て直したと、ミニコミ誌で読んだことがあります。<br />
<br />
私的には最初の相模湾大水槽が特に印象的でした。他の水族館のように大きさで勝負じゃない。岩場で囲うように作ってあって、そのためにかえって見る面見る面で違った顔が見られる。気のせいか魚たちも妙に元気というか、自然というか。潜って見てる感じで飽きないです。<br />
<br />
発見の小窓って小さな水槽がたくさん並んでいるのも可愛かった。生物たちも元気。きちんと「飼育」されている感じがいいなぁと思いました。手入れが良いから写真もガラス越しにフラッシュ無しで撮ったと思えないでしょう？<br />
潜水服を着て水中に潜ってイルカを見るとか(！)、触るとか、そういった参加型のイベントも多いようですね。流石に昨日は参加してきませんでしたが、年間パスで通ってる方とか多そうです。<br />
<br />
まあイルカのショーだけは他でよく見るような小さいプールになっちゃったのでちょっと残念。昔の江ノ島水族館のイルカショーはでっかいプールでやってまして。観客席から遠くなっちゃう難点はあったのですが、広い所を思いっきり突っ走ってくイルカの躍動感はかなり快感だったので。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>イベント等</dc:subject>
    <dc:date>2007-03-11T07:33:42+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
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    <title>ミイラと古代エジプト展</title>
    <description>今日はラバさんと国立科学博物館の「ミイラと古代エジプト展」を見に行ってきました。すごく混んでたのにびっくりでした。
今回は前売り券を用意していたのですが、会場を入った途端にまずシアターで映像見てからって手順だったので、まずここで並んで、次にこっちで並ん...</description>
<content:encoded><![CDATA[
今日はラバさんと国立科学博物館の<a href="http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/ueno/special/2006/mummy/index.html" target="_blank">「ミイラと古代エジプト展」</a>を見に行ってきました。すごく混んでたのにびっくりでした。<br />
今回は前売り券を用意していたのですが、会場を入った途端にまずシアターで映像見てからって手順だったので、まずここで並んで、次にこっちで並んで……と３０分並んでました(笑)。まあ女二人いれば頼まれなくたっておしゃべりしてますからぜんぜんＯＫなのですが(笑)、小さなお子様は辛かったかも……。あ、うちのダンナもダメそう。ダンナ連れてこなくてよかったです(爆笑)<br />
<br />
でもミイラを完全にスキャンしてありとあらゆる部位を自由自在に３Ｄ映像にできているこの技術ってすごい。科学技術の進歩はこういうとこに使ってこそ価値があると思いました。以前は研究をするために貴重なミイラが何体もダメになっていたそうですが。<br />
さすがにものがミイラですから、映像のなかにはちょっとドキドキするような描写もあるわけですが、こういう処理方法が見つかるまで、いったいどういう紆余曲折があったんだろうとか色々考えてしまいました。<br />
死体処理が古代のエジプトの文化の中では大きな比重を占めている。一生懸命働いて偉くなるのも、ちゃんとしたミイラになれる地位を得るため……とか、そんな価値観も生まれていたかもしれません。死語の世界にこういうリアルな重さがあるって、いろんな価値観がけっこう変わってくる気がする。<br />
<br />
しかしお墓から棺桶を盗み出して転売する盗人もいたなんて記述は、「人間って変わってない……」ってしみじみと思いました(苦笑)<br />
それから解説をpodcastで販売していたので、予め購入してshuffleとnanoに仕込んでいったのですが、あの手の音声ガイドはやはり専用の機器を借りた方がいいなと思いました。podcastも展示物ごとにインデックスが入っていれば良かったかもしれませんが、ベターっと入っていたので使いにくかったです。まあ経験経験。<br />
<br />
それから常設展が良かったです！　ここに来たのはずいぶん久しぶりだったのですが、すっかり内容が変わっていたので見応えがありました。系統広場が特に○。大きな丸い空間に植物界、菌界から動物界への進化系統図が広がっていて、それぞれの枝にあたる壁に、写真や模型や剥製が並んでいる。これはじっくり見たら飽きないです。<br />
<br />
私は子供が昆虫標本を安易に作りたがるのが好きじゃないのですが（興味の萌芽って意味では潰しちゃいけないのもわかるんですが）、今日は蝶の標本をしみじみみて、写真との差のでかさを思い知った気がします。以前細密画の雑草図鑑の話も書きましたが、写真って思っているよりは情報が欠落するものなのかもしれない。動物の剥製は上野動物園で亡くなった子達も多くいたようです。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>イベント等</dc:subject>
    <dc:date>2007-02-03T07:32:08+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
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    <link>http://ozblog.sazanpeach.com/?eid=66701</link>
    <title>スーパーエッシャー展</title>
    <description>東京渋谷Bunkamuraでやっていたスーパーエッシャー展を見に行ってきました。絵画に無知な私はエッシャーと言うと、鳥が魚に変化していくタイルのような続き絵とか、永遠に登り続ける階段のように錯覚を利用した騙し絵の作品しか知りませんでした。今回のエッシャー展は初...</description>
<content:encoded><![CDATA[
東京渋谷Bunkamuraでやっていた<a href="http://www.ntv.co.jp/escher/" target="_blank">スーパーエッシャー展</a>を見に行ってきました。絵画に無知な私はエッシャーと言うと、鳥が魚に変化していくタイルのような続き絵とか、永遠に登り続ける階段のように錯覚を利用した騙し絵の作品しか知りませんでした。今回のエッシャー展は初期の頃の作品も多く展示されていて、思うところが多かったです。彼のとんでもないデッサン力、技術力も思い知りました。最初は普通の風景画や静物＆静物画を描いていて、後期にああいった絵を書くようになったのも、繋げて見ていくと妙に納得できます。<br />
<br />
たとえば30歳頃に書かれたリトグラフの自画像なんて一瞬「白黒写真！？」と思うほど。見たモノをそのまま平面に写し取れるデッサン力に加えて、ありえない版画の技術力。むちゃくちゃ細かい版画なのに一ヶ月ぐらいで作り上げてたりして、ショッキングなほどです。<br />
「自分には輪郭線が必要なので版画が良い」「掘り残した部分が黒くなる木版画がより好みだ」といったエッシャーの言葉がいくつか掲載されてましたが、「それにしてもペンとインクで書いた方が早くありませんかっっ！？」と言いたくなったことが何度合ったか。<br />
なぜここまで版画にこだわったのか、やっぱり不思議です。でも３次元を２次元で表現することの面白さを常に考えていた方なので、３次元の物質である板から２次元を作り上げる版画という行為に何か運命的なものを感じていたのかなとも思う。一本一本の線を掘っている過程で、神懸かり的なパワーが降りてくるみたいな。<br />
<br />
初期の作品からは「視点」に対する非常な興味とこだわりが見られます。その場では普通の視点で素描したのに、アトリエ内で鳥瞰、あるいは虫瞰(見上げる構図)の構図に修正して版画にしたケースもあるらしい（「貨物船」など）。風景画も山の下の方で見た構図と上の方で見た構図をつなげて、実に印象的な風景画に仕上げてあったりして、着眼点が実に面白いです。<br />
全体あるいは一部に縦線や横線やらクロス線などを一様に敷き詰めて質感の実験をした作品などは「スクリーントーンの原型か！？」と思ってしまうほど。「ヴェネチア」という作品は光によって柱の輪郭がぼけたように描かれている作品があるのですが、スクリーントーンをカッターで削ったみたい。版画なのになぜ！？と驚きます。初期の作品はアラヒコさんとか松本大洋さんとかがこれから影響受けてるって言われても絶対納得できますね。<br />
<br />
そこから先は平面の正則分割や錯覚を使った騙し絵といった、よく知られているエッシャーの世界。正則分割はもちろん無限への誘いですが、細胞や結晶といったものも連想します。騙し絵については、あの驚異的なデッサン力があるからこそ騙し絵に見えるって点は落とせないですね。複数の視点を一つの絵に閉じ込めて違和感なくつなげてしまう若い頃の特徴の集大成とも言えるし。<br />
私はエッシャーの騙し絵を見ていると「バベルの図書館」で有名なボルヘスの「記憶の人フネス」って短編を思い出します。異常な記憶力の持ち主で、例えば犬を前から見た図と、横から見た図、それぞれをあまりに詳細に記憶してしまうが故に、両者がバラバラになって「犬」という概念が作れない人のお話。エッシャーは見る人の注意力を試しているという解説も納得できますが、逆に言えば錯覚してしまう人間の概念構成力って偉大だなとも思えます。<br />
<br />
こうして見ていくとエッシャーと普通の画家の一番大きな違いは、普通の画家が自分の心象風景を必死に描こうとしているのに対して、エッシャーは「世の中の理」みたいなのを描きたかったのかなと感じます。実際に本人も「画家といるより科学者や数学者と話していた方が楽しい」と語っていたようです。<br />
科学者は数式を使い、哲学者は言葉を使って「真理」を追究してる。真理とは「過去から未来まで世界全体で普遍的に言えること」と定義できるでしょうか。一方で文学者や音楽家や画家は「今現在の自分」を追求してることが多い。でもエッシャーは絵を使って科学者や哲学者と同様に「真理」を追求しようとしていた。そんな気がします。親御さんが優秀な土木技師だったことも、彼の遺伝子に大きな影響を与えていると思いますが。その意味ではレオナルド・ダヴィンチも似た感じがしますね。<br />
<br />
ということでＤＳ Lite片手に回ったエッシャー展(すごいぞニンテンドウＤＳ！)、とっても満足でした〜！
]]></content:encoded>
    <dc:subject>イベント等</dc:subject>
    <dc:date>2007-01-03T20:41:24+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
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    <title>鉄コン筋クリート―原作への憧憬と尊敬と</title>
    <description>大晦日に映画館で映画を見てるなんて初めてだ〜(笑)。見てきました鉄コン筋クリート。なかなか良かったですよ。本当にでかいスクリーンで見て良かった。ちまたの評通り、アニメならではのすごさを見せつけてくれたなと思った。
一昨日触れた日経の評でも「原作の白黒の世...</description>
<content:encoded><![CDATA[
大晦日に映画館で映画を見てるなんて初めてだ〜(笑)。見てきました鉄コン筋クリート。なかなか良かったですよ。本当にでかいスクリーンで見て良かった。ちまたの評通り、アニメならではのすごさを見せつけてくれたなと思った。<br />
一昨日触れた日経の評でも「原作の白黒の世界を極彩色で表現した」とあったけど、その通り。なのに受ける雰囲気が原作に近いって、これ、凄いことだと思う。俯瞰図に限らず、ポップでカラフルなのによどんで退廃的。キレイさとキタナさが混じってる。止まってる背景なのに中でなんか蠢いてる気がする。<br />
<br />
通常原作を映像化した作品ってほぼ９割はファンフィクションになってると私は思ってる。監督なり脚本家なり演出家の「我」が出てしまう。でもこの映画は違う。スタッフ全員が「原作」を描きたかった。そんな気がした。<br />
私が原作を読んだ時は、映画ではたとえばチョコラの絡みは端折って整理されてるんだろうかとか、そんなことを思ってた。宝町からごく普通に出ていった男としてのチョコラの価値はあるんだが、微妙に中途半端だし、たった２時間の中に入れるときにどうかなとか。でもエピソードがきっちり入っていて驚いた。まあクロとシロが一般人に暴力をふるうシーンをカットしてあったので、その意味ではクロの暴力のはけ口として、あのシーンは重要だったのかもしれないが。<br />
<br />
とにかく原作から省かれたモノがほとんど無いし、付け加えられたものもそう多くはない（ラストで子供の城の崩壊が暗示されたのは良かった）<br />
興味深いのは原作から「整理されたモノや統合されたモノ」すら無いこと。原作の曖昧さ、想像の余地、そんなものも含めて忠実に映画になっている。読んだ人なりに100通りの解釈が生まれるそんな作品だ。そんなところに自分の「解釈」を入れるなんて出来ない。そしてスタッフ一人一人があの原作を愛し抜いていたんだと思う。<br />
<br />
当然マンガをアニメーションにしたのだから、動きがあり、音が加わる。その要素に関しての完成度はかっとんでる。飛ぶ、走る、よじ登る。まさにジャパニメーションの見せ場。実写＋ＣＧでは実在する「線」が捨てられないからどうしても動きが「ぬるく」なる。「省略と強調」ができるアニメならではの疾走感だ。<br />
<br />
ただし声についてはギモンが残る。クロとシロの声を演じた若い役者さんも器用にこなしていたのは確かだ。特にシロはかなり良かった。まあさすがに原作のあの独特な吹き出し感は表現しきれてないが、声のプロじゃないから無理だろう(というか、プロでもあれやったら声が壊れちゃうかな)。<br />
ただ木村や沢田やチョコラなど物足りなさを感じる点は多かった。魂が無くて薄っぺらい声なのだ。クロでさえ引っかかる部分はあった。普通の役者は表情と全身と声で演技をしているわけで、それを声だけにするのはそれなりのトレーニングがいるはずだ。絵が演技をしているのだから声のウェイトをあえて抑えたいのかもしれないが、もののけ姫などでもまるでささくれのように声が流れを止めていたことを思い出した。最近のアニメ映画は声優を使わないのが習い性になっているようだが、もっと声優さんをきちんと使って欲しい。そんななかでじっちゃの納屋六郎さんが実に安心感があった。<br />
<br />
とはいえ採算が心配になるほど大事に作ってある映画だ。そして「アニメってこーゆーもんだぜ！」と魅せてくれた。原作を気に入っておられる方はぜひ映画館で。これだけ原作と原作のファンを大事にしての映画化も珍しい気がします。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>読書等</dc:subject>
    <dc:date>2006-12-31T22:26:37+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozleaves</dc:creator>
    <dc:rights>ozleaves</dc:rights>
  </item>

  <item rdf:about="http://ozblog.sazanpeach.com/?eid=66699">
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    <title>鉄コン筋クリート―童話のパワー</title>
    <description>「松本大洋の原作『鉄コン筋クリート』は１９９０年代日本マンガの十指に入る作品だ。こういう極め付きの傑作を映画化すればたいてい失敗する。ところが！　アメリカ人監督のマイケル・アリアスはこれに成功してしまったのだ」
12/22日経夕刊の中条省平氏の映画評を見て思...</description>
<content:encoded><![CDATA[
「松本大洋の原作『鉄コン筋クリート』は１９９０年代日本マンガの十指に入る作品だ。こういう極め付きの傑作を映画化すればたいてい失敗する。ところが！　アメリカ人監督のマイケル・アリアスはこれに成功してしまったのだ」<br />
12/22日経夕刊の中条省平氏の映画評を見て思わず観に行きたくなり近所の映画館で大晦日の指定席を買った。申し訳ないことに原作も原作者もまったく知らないので、この際だから原作も買って読んでみた。印象を一言で書けば「世紀末の童話」。以下、原作をお読みになったこと前提に書いてます。<br />
キャラクターは、こわもてのやくざも刑事も実は結構心優しき人間たちで安心して読める。人の心の善と悪の二面性というテーマも普遍的なものだし、ラストも予定調和。ストーリーもキャラクターも重すぎず軽すぎず、心をざわつかせる独特な絵柄以外は、実は穏やかに心地よい部類の作品だと思った。<br />
<br />
なぜクロがシロを守ることを目的にしなければ生きて行けないほど人生に絶望し、シロに極端に依存しているのかその理由も描かれない。ただ源六爺さんの口から「そうなのだ」と語られるだけ。それでも「継母はいじわるでした」の一言で納得すると同じようにクロの虚無が伝わってくるのは、童話と同種のパワーをこの作品が持っているからだろう。<br />
<br />
実は読んでいるといろいろと引っ掛かりが多い作品でもある。<br />
<br />
前述の新聞評では「クロとシロには悪と善、経験と無垢、暴力と非暴力の二面性が託されている」とある。だが読んでいるとどうも割り切れない。作品中、源六爺さんは「オセロのチップには表も裏もない。白と黒であって表と裏じゃない。大切なのはバランスでそれを崩してはいけない」と語る。これを単純にシロ＝白、クロ＝黒と捉えていいのだろうか。<br />
<br />
シロは知恵遅れの無垢でピュアな心の持ちようで暴力を悲しいものと捉えている。だが人の腕時計を奪うときは暴力に対する嫌悪は忘れているようだ。クロが襲われた時は、暴力を好むクロですら戦慄するようなやり方で相手を撃退する。シロとクロでオセロの１枚のチップなのではない。シロ単独でオセロのチップなのだ。シロの中には善と悪が入り交じらないままに同居している。クロは善と悪が混ざった形で存在している灰色のチップ。要は普通の人間だ。それが私の印象だった。<br />
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シロを守るためにクロは敢えてシロと別れ、シロを警察の保護下に置くようにし向ける。偽悪ぶった新米刑事はシロと暮らすことでどんどん浄化されていく。一方のクロはどんどん破綻に向かっていく。<br />
そんな過程を見ると、シロは「人の良い面だけを映し出す鏡」として描かれているのかもしれないとも思う。シロと一緒に居れば自分の中の優しい部分を信じることができて、その人が変わっていく。<br />
「じゃあシロとは本質の邪悪さを鏡で覆った存在か」まで言うとひねくれ過ぎかもしれない。でも最後に登場する「イタチ」がシロを「偽善」と呼ぶのと妙に符合する。<br />
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「イタチ」はクロの中に潜む純粋な悪であり、自分こそが「真実」なのだとクロを誘惑する。ストーリーはここに来て「イタチ vs シロ」の構図を生み出す。これぞまさに「闇 vs 光」「悪 vs 善」の象徴であるが、それは「真実 vs 偽善または理想」なのかもしれず、そう考えると話は単純には片づかない。<br />
イタチはクロ以外の人には見えないクロの心の中だけの存在である。じゃあそれと相対できるシロは？　実はシロもまた実体ではなく、ただシロを見たいと望む人にしか――もしかすると宝町の住人にしか――見えない存在なのかもしれない。<br />
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こんな風に色々と解釈が付けられるところがまた童話である。読者の内から様々なものがわき出てくるところはつげ義春っぽいが、鉄コン筋には厭世観は無い。すべてに作者の優しい眼差しが注がれていて、明るくて希望が持てる。<br />
タイトルの「鉄コン筋クリート」とは、鉄筋とコンクリートという二つの異なるものが単に寄り添っているのではなく、一体となるから強くなると言いたかったのだろうか。<br />
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ラストはクロとシロがまた仲良く寄り添って生きていくだろうことが示されて終わる。今はまだ内なるイタチの存在に怯えているクロ。彼が自分の中にシロをも内包し、光と闇をもろともに抱えたとき、クロは初めて一人で立てるようになるのだろう。そしてその時にシロ隊員の任務は終わるのである。 <br />
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松本 大洋<br />
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    <dc:subject>読書等</dc:subject>
    <dc:date>2006-12-29T22:23:54+09:00</dc:date>
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    <title>うつうつひでお日記</title>
    <description>吾妻ひでおの「うつうつひでお日記」読了◎

って違う！
かの有名な失踪日記の後日談。二度の失踪とアル中病棟退院後の生活を綴るマンガ形式日記。断酒して抗うつ剤を飲みつつ貧乏の日々を過ごしていく。吾妻調に面白おかしく描いてあるから読めるのだが、深刻に書かれたら...</description>
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吾妻ひでおの「うつうつひでお日記」読了◎<br />
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って違う！<br />
かの有名な失踪日記の後日談。二度の失踪とアル中病棟退院後の生活を綴るマンガ形式日記。断酒して抗うつ剤を飲みつつ貧乏の日々を過ごしていく。吾妻調に面白おかしく描いてあるから読めるのだが、深刻に書かれたらきっとたまったものではない。失踪日記の時は内容のすさまじさとか絵のすごさにひたすら圧倒されて、モノを考える余裕もなくページをめくったというのが正しい所だけど、こちらは色んな事考えながら読んでしまった。<br />
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まず圧倒されるのはその読書量。１日２冊ぐらいのペースでがんがん本を読んでる。で読んだタイトルと、○とか△とか簡単な評価がついてて、時々一言感想が書いてあったりするのだが、それがまた妙に的確で面白い。でも作者曰くは読書も逃避なんだそうだ。何もしないでいると不安が襲ってくるのかもしれない。でも私のようについぼーっと時間を無為に過ごしてしまう人間は、もっとダメダメな気がするけど。<br />
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体験とかいう生やさしいもんじゃなくて本気でホームレスになったりアル中になったりしているわけだから、経済的には非常に苦しい状況だったらしいが、失踪日記が話題になったおかげで多少改善されているらしい。<br />
でもしみじみ思ったのは、人間も生活できるかどうかってレベルで困難な状況になると、友達も知人もあんまり役に立たないのかもな……ってこと。だって確かにマニア向けとはいえあれだけ有名な吾妻ひでお。業界にだって知人は多いだろうに、病気の事があったにしたって、あんな大変な状況に落ち込んでしまうんだから。<br />
失踪日記が話題になったら仕事が来るが、話題にならなければ何も無いまま。クリエイターも芸能人もこういう仕事は運が無ければやってられない。<br />
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私の知人の同い年の人で色々あって失業していて経済面でかなり大変になってる人がいる。でも友達に対して金銭的なフォローするってのは微妙すぎて実質的には無理なのである。すっきりするのは当人が仕事ができるようにしてあげることなんだが、でも実際問題スキルギャップがあって(だから困った状態になってるわけだが)難しい。この年齢でこんな状況に対して的確なフォローができる親友が居る……というのはそうあることではない。<br />
鬼才吾妻ひでおだから脱却する糸口が出来たわけだが、普通の人だったらどうなるんだろ。それこそこの前ニュースで見た地方自治体のケースワーカーの人と二人三脚で……みたいなノリになっちゃうのか。<br />
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読んでいると「あー、こーゆーことあるある！」とか思う部分も多い。自分の人生だって何かでふっと外れてしまう可能性は大いにあるわけで、まさしく「今そこにある危機」<br />
まえがきには「こんなやつだけにはなりたくないという意味で安らぎの書になるのではないでしょうか」なんて書いてあるけど、この状況でこの好奇心が保持できる人間にはなりたくたってなれないよ！(苦笑)。そして失踪日記のような極限的な状況の中でも、ただひたすらに生きていく動物的な生命力みたいなものも自分には無い気がする。<br />
作者の言う意図では安らげないけど(苦笑)、気楽に読めるのにすさまじいフィクションってのもそうは無い気がする。 <br />
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吾妻 ひでお<br />
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    <dc:date>2006-12-26T22:20:57+09:00</dc:date>
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